村上紗由里『すいかずら』。「想い」の轍と、「純真」の傷跡のある音楽、再び。


前作『すいかずら』から1年と少し、村上紗由里は3枚目のミニ・アルバム『遠雷』をリリースする。

2017年は、村上にとってとっても大きな転換期となった年であったと思う。ミニ・アルバム『すいかずら』のリリースから様々なパフォーマンスへのトライ、そして所属する音楽プロダクションの夏の一大野外ライブ・イベントである「Augusta Camp 2017」への初参加などを通しながら、急激な成長を彼女は遂げていった。年末にはNHKのテレビでも歌っていて、ビックリしてしまった。 個人的にはこれは「村上紗由里 2017年 夏〜冬の変」と銘しておきたいくらいな、実に幸せな瞬間に立ち会わせてもらえたと思っている。優れたミュージシャンには必ずこういう瞬間がある。その時間を共有できることはもちろんファン、リスナーの皆様にとっても最高の時間であったはずと信じている。


さて、「千葉県千葉市の郊外で、暖かい愛に溢れたごく普通の家庭で育つ、でもそんなある日、自分は歌を創って歌っていくことを生涯の目的としたいと決意した少女、バイトしながら路上で歌ったり、ライブ・ハウスのイベントに出演したりして頑張っていた」村上紗由里の、既定路線に則したアマチュアからプロに至るミュージシャン人生は、昨年後半に強烈なプロフェッショナルとしてのスイッチが入って、その才能は突如、覚醒した。
大きな要因は、彼女が音楽家として本能的に「自分らしい居場所」を見つけたことではないかと思っている。


本人は自覚的ではないと思うのだが、村上の楽曲制作者としての本質はいわゆるJ-POPの方法論には向き合っていない。世代的(平成元年生まれである)にはJ-POP隆盛期ド真ん中なのであるが、彼女が曲を作るときのコード感やアレンジは、驚くほど近代的なJ-POPの作曲理論を感じさせない独自性がある。その楽曲達は、メロディーを求める時、曲の起伏を感じる時の感性が完全に歌謡曲、フォーク、ニュー・ミュージックに相対する時のそれなのである。
そんなことを踏まえて私は、彼女の創る楽曲やメロディに、現代的な「街の音楽」ありきの比較論を用いようとするよりも、むしろその独特な感覚を懐古的なものに敢えて投影させて、そしてその上でそれを彼女が生きてきたJ-POPアエラにぶつけ直してみるというリスナー的な方法論、そうした解釈によってこそ、村上紗由里を「新しい」シンガー・ソング・ライターとして位置付けることができるのでは?ということにも思い当たった。


そして多分、彼女もどこかでその良い意味での「逸脱している」存在感と方法論を面白がっているのではないかと、勝手に推測もしてしまった。素顔の彼女はあっけらかんとした「普通に現代的」な女性であるが、ミュージシャンとしては実はものすごく客観性も持てる女優体質なのではないかと感じていたりもする。結果、彼女はそのミュージシャンとしての「居場所」の目処を前作『すいかずら』で見当をつけて、今作『遠雷』では、それを決定的なポジショニングとして確立したのではないかと思う。


ミニ・アルバム『遠雷』で届けられる6曲は、時に静謐、時に賑やかで強烈な個性を放つ4曲のオリジナル曲と、2曲の秀逸なセンスの光るカヴァー曲による、言うなれば「古典」的なアプローチをとる佳曲で構成されている。しかし、その6曲どれもが決定的に「新しい」。そして、この「古典」に軸足を置きながらも「新しい」ことこそが、村上紗由里が他の多くの女性シンガー・ソング・ライター達の〈在り様〉と、完全に差別化されるべき個性と魅力なのだと信じている。


村上紗由里の創り出す音楽は、人懐っこく「日常の世界観」の周りで去来する感性に彩られたものでありながら、同時に致命的に「彼岸の音学観」でもあるところが素晴らしいのである。彼女の歌声は「希望」と「絶望」、「生」と「死」、「過去」と「未来」を一瞬にして背中合わせにして、つなぎ合わせるようなフェイタルなパワーがある。言い過ぎて怒られてしまうかもしれないが、ある意味ではビヨークのようなアーティストと同質な〈巫女〉的な個性と危うさすらも感じさせられる時がある。
そして、そもそも彼女の音楽的な「反射神経」には、前記したような不均衡でアンヴィヴァレントな価値観達を、瞬時に居心地よく整頓してしまうような不思議な能力がある。


この『遠雷』に収められた6曲の作品。さながらプロテスト・ソングのように真っ直ぐに、迷いなく感情の奔流を迸らせる彼女の歌う楽曲達。


不安定な世情への戸惑い、対峙する社会/生活への漠然とした不安、運命に翻弄される恋愛への諦念、いや一方では揺らぐことない信念の先に見つけた永遠の想い。ここで彼女の創った、歌ったプロテスト・ソング達は、もちろん同時に圧倒的に美しいラヴ・ソングでもあるのだ。


ここ2年という短期間で3枚のミニ・アルバムをリリースしてきた村上紗由里であるが、この『遠雷』で、彼女は早くも時代に突きつける圧倒的に純粋で美しい「ラヴ・レター(=M1『遠雷』)」から、全ての想い人を優しく包み込む「讃美歌(=M6『えにし』)」までをも歌い出してしまった。


人の心を揺さぶる「切なさ」は、哀しみだけに喚起させられるものではないのだ。
人の心を高ぶらせる「エール」は、強さだけを喚起させるものではないのだ。
では、圧倒的な生命の歓びに誘われるようにして、村上紗由里が手渡し、示そうとする「切なさ」と「エール」の本質とは?
そしてまた、プロテスト・ソングのような実直さで訴求する彼女の「真っ直ぐさ」の本質とは?


多分それは、「祈り」に最も近い感覚のものなのだろうと解った。


だからこんな時代にあって、私は村上紗由里の音楽を求め、信じられるのだ。


(文・某野悦二)



プロデューサーによる、ミニ・アルバム『遠雷』全曲解説

今回リリースされる村上紗由里の6曲入りミニ・アルバム『遠雷』を制作するに当たって、面白いメモが私のスマフォに記録されていた。
以下の6行が記載されている。


プロテスト・ソング
漆黒
田鹿歌謡曲
村上歌謡曲
みんな夢の中
一本道


2017年9月20日のメモである。
村上がそのパフォーマンスによって、ミュージシャンとしての運命の翼を大きく羽ばたかせた、所属音楽プロダクションの最大の野外イベント「Augusta Camp 2017」初出演の3日前だ。9月19日には村上はそのイベントに出演する並み居る先輩ミュージシャン達との最後のスタジオでのリハーサルを終えている。
まだ大きなイベントで自分が何を成し遂げられるかに確信の持てない、それでも無鉄砲な自信にも溢れていたであろう村上の当時の心境がどんなものであったかは簡単には想像できない。
しかし実際に私は、おそらくその最後のリハの前後に村上と、次回作となる今作の設計図創案の話をブレストしていたのだろう。


『プロテスト・ソング』とは間違いなく今作の表題曲の『遠雷』のことだ。メロディと歌詞の土台は、この時点でもうできていたのだ。この曲を2018年の村上のテーマ・ソングにしよう!というプランも話していた気がする。彼女がシンガー・ソング・ライターとして、生涯誇れる曲にしょう!とも。


『漆黒』とは元々、彼女の自主制作盤に収録していた楽曲のタイトル。構成がもう一つだから、メロを書き足して、もっと魅力的な曲にしようと話していた楽曲。結果、後述する作曲家の田鹿ゆういちとタッグを組んで、メロを再構築することとなり、今作収録の『迷走』という最高にチャーミングな楽曲として、この曲は生まれ変わった。


『田鹿歌謡曲』の田鹿とは前述した田鹿ゆういちである。前作『すいかずら』収録の『はあべすと』でもメロの補作をお願いした彼が、村上にいくつか提案してくれていた現代的な歌謡曲に、村上の歌詞を添えて歌ってみようか?とプランしていたのだった。今作では実現しなかったが、これはやがてのプランとして村上の中で今でも脈々と息づいているはずだ。


『村上歌謡曲』、これは前作『すいかずら』収録のタイトル曲の路線を踏襲した、村上らしいメロディでノスタルジックな昭和の風景の見える思いっきりの歌謡曲を書いてみないか?と彼女に提案していたものだ。彼女は快諾してくれて、結果的にこのプランは今作に収録されたセンチメンタルかつパワフルで印象的なメロを持つ哀切歌謡曲『夜明けの十字架(ロザリオ)』で実現した。


『みんな夢の中』は言わずと知れた浜口庫之助による名曲。『すいかずら』に収録していた加藤和彦/サトウハチローのコンビによる作品『泣いて泣いて』の村上のパフォ—マンスに触発された関係者から、浜口作品を村上が歌ったらどうか?と相談があり、数ある彼の名曲の中から村上が選んだ作品。今作の中でも珠玉の輝きを放つカヴァー曲が完成することとなった。


そして最後の『一本道』(!!)、これは忘れていた。間違いなく、村上に相談することなく私が自分で勝手に考えていた選曲プランだ。ベルウッド・レコードの作品を今作でも1曲取り上げようとしていたのだ。1作目のミニ・アルバム『落陽』では小室等の『あげます』、そして2作目『すいかずら』では及川恒平の『面影橋から』をカヴァー、いずれの楽曲もその完成度で好印象を残していたので。しかし友部正人のこの名曲のカヴァー検証はミス・チョイスだ。村上が歌う世界観ではない。哀愁は漂うが、この名曲は女性が歌うべきではない。トライしなくて正解だったと思う。


何が言いたかったのかというと、そんな風にして、個別の楽曲が出来上がる前から、このミニ・アルバム『遠雷』は、全体の楽曲の流れをどんな感触の作品にしていこうか?というプランとイメージの構築を、村上を中心としてあらかじめ行うことで制作のスタートが切られた作品なのだ、ということ。出来上がっていた、選ばれていた作品達を寄せ集め、並べてみた作品ではないのだ。


作品のコンセプトとムードのゴールを決めて、そこに向けて村上は最高の集中力で、揺れる音楽のボートのオールを漕ぎ切ったと思う。様々な楽曲を書き切ったと思う。歌い切ったと思う。プロデュ—サーとして無茶で勝手な提案もいくつもしたが、そのゴールに向けて、村上は着実に作品を仕上げていったのだ。


以下には、上記のようなイメージングのキック・オフでレコーディングの準備が始まった『遠雷』に収録された6曲について、それぞれの楽曲の制作メモを記しておく。かなりマニアックな内容なので、『遠雷』という作品を感じるためにそんなに重要な話ばかりではないかもしれない。 村上紗由里という、静かに穏やかに、唯一無比の音楽の輝きを灯すシンガー・ソング・ライターが、どんな風にしてこの作品を作り上げて行ったのか、ご興味のある方には最高に面白い内容であろうと、ちょっとだけ自負してはいますが。。。。


追記 — 『遠雷』の制作にあたって、70〜80年代昭和のポピュラー・ミュージック、そして今に至るまでのそんな日本の「流行歌」の歴史を陰に日向に支えてきた素晴らしい手練れのミュージシャン達、ギターの徳武弘文氏、スティール・ギターの尾﨑孝氏、ベースの六川正彦氏、ドラムの高杉登氏、現在はバンド=鉱石ラヂヲのメンバーとして活動を共にする皆様の存在がなければ、この作品は完成できませんでした。心よりの感謝とリスペクトをお伝えいたします。




1.遠雷

村上紗由里の所属する音楽プロダクションの先輩ミュージシャン=元ちとせの『平和元年』(2015年)というアルバムを聴いた時から、ようやくデビューを翌年に控えたフォーク・シンガー =村上紗由里が、いつかプロテスト・ソングを歌うとしたらどんなものになるんだろう?という漠然とした想いがあったのを思い出す。 おそらく2年以上にわたって、私は彼女に「君がプロテスト・ソングを歌うとしたらどんなことを歌う?」という質問をし続けてきたと思う。その結果としてうっすらと彼女の中に浮かび上がり始めた想いが「もし、自分の大切な人々、家族や友人や恋人と、突然訪れた、例えば戦争のような理不尽な事が理由で引き離されてしまったら、私は何を感じるのだろう?」というものであった。そして、この想いは間違いなくこの楽曲『遠雷』の全編を支配する、静かで強烈なメッセージへと昇華されていったのだ。

村上紗由里の、今までとは異なる、進化した新しい音楽世界観を、抑えた情熱で感動的に歌い上げるこの楽曲の誕生背景にはすごく特殊なものがあった。実はこの楽曲のサビと大サビ以外の、真摯な屋台骨を構成しているメロディは2年前にすでに存在していたものであったのだ。

まず前置きとして。
村上の全国デビュー盤となるミニ・アルバム『落陽』の表題曲、これは映画『燐寸少女』の中のオムニバス・ストーリー、感動的な一編のストーリーに寄せて書かれたものであったのだが、ここでの面白いエピソードがある。そもそも『落陽』はアマチュア時代から作られていた村上のデモ楽曲集(フルでできているものもあれば、30秒くらいの断片的なものもあった。その数、100を超えていた)の中に既にほとんど完成形として存在しながらも、なぜかライブ等の選曲から漏れていて、当時のスタッフから注目されていなかった楽曲であった。
『落陽』、はたまた違うテイクでは『キッチン』と題されていたこの楽曲、一聴した瞬間から私の心を捉えて離さず、折をみては愛おしく思い出していた曲だ。是非とも『落陽』をご一聴いただきたいのだが、その印象的なメロディは一度聞いたら忘れられない味わいがある。歌唱法も含めて、村上の王道のスタイルが既に完成されていたもの。なぜ、この曲が村上のプロを目指す初期的なステージの過程で忘れられていたのかは疑問である。自分でも思い出せず。。。。しかし、この映画の挿入歌の候補として書かれた新曲3曲(フォーク、和メロ、J-POP)と並んでプレゼンされたこの『落陽』は、元々の村上デモの歌詞とメロを99%ほぼそのまま(映画のストーリーに歌詞を書き直して寄せることなく)、結果として映画のプロデューサー、監督、音楽監督達の満票一致で挿入歌として決定され、映画の中でも最も感動的なシーンに見事に寄り添い、華を添えることとなるという奇跡をおこしたのだ。かなり珍しい例だと思う。


そして何に触れたかったのかというと、
上記した、映画用にプレゼンした3曲のうちの1曲、フォーク・ソング調のものがこの『遠雷』の屋台骨のメロディーと歌詞なのであった。


「おかしな話だ」、「馬鹿げた話だ」の淡々としたリフレインは既にその楽曲の中で歌われていた。そして当時、私はこの楽曲こそ映画のシーンに最も相応しいと確信していたのだ(苦笑)。結果、ボツとなったこの楽曲、これもおそらく彼女にプロテスト・ソングを作るとしたら?の質問をしていた2016年の頭には存在していた一曲であった。もちろん、事あるごとに私はこの楽曲の短いけれど印象的なデモ音源を思い出しては、いつの日かあの曲が何かの形で完成させられればと考えていた。村上にこの話を持ちかけるたびに笑われたのだが。また言ってるんですか(笑)?みたいなムードで。でも彼女にとっても忘れる事のなかったフレーズとメロだったのだと思う。このデモ音源はそんな風にして、いつでも制作現場の近くで息づいていたのだ。そして、検証され続けていた「プロテスト・ソング」制作という伏線が、その歌詞を違う意味で引き寄せ、村上の中で強烈なイメージが固まり始めて行ったのだ。


『落陽』が決して忘れられることなくそこにあって、ある日、素晴らしい再生の瞬間を迎えたのと同様に、この『遠雷』の元となったデモ楽曲も、今作で完成されて、世の中に歩き始めることとなった。もちろん楽曲を完全なものにするためのサビのメロ、大サビのメロ、歌唱におけるフックと演出、そして歌詞の完成へ向けたブレストにおける、彼女と制作現場の葛藤は、壮絶なものであった。日本的で壮大なメロディーにこだわる、そしてある意味では「悲鳴」ともとれる、哀切と甘美が背中合わせの楽曲解釈へのアプローチ。。。。今、思い出すと、そのプロセスは「世紀の作品誕生!」の光明を信じる、よくある感動的なよくあるエピソードとして語られて、以上!なものでもあるのだが(苦笑)。。。。


そんな理由も含めて、敢えてここでは彼女が歌唱や作曲能力、そうした面で技術的に優れているというエピソードをふんだんに記載するよりも、前記したような彼女が呼び込む、運命が行き交うようなユニークなストーリーに触れておきたかったのだ。


余談ではあるが、以前ミニ・アルバム『落陽』のライナーノーツで記載したことの続編を最後に。
村上の書くラブ・ソングの中に時折登場する、とても好感の持てるカップルがいる。全国デビュー前にリリースされたライブ会場限定盤CDに収録されていた『ほたる』で、運命の恋との出会いに戸惑い、その後の全国デビュー盤CDの『落陽』の表題曲で、手探りのぎこちない恋愛をスタートさせた二人、その二人が2年ぶりに登場したのがこの『遠雷』の主人公の恋人達であるような気がしてならない。次にこの二人が登場するのがどの曲になるのか、そんなことに気持ちを馳せながら聴く村上楽曲世界観も、また楽しいのだ。




2.風鈴の音色

この解説文の冒頭でも触れていたカヴァー・ソングへのエピソード。


今作『遠雷』の制作で想定していた収録曲全6曲のイメージに対し、カヴァー・ソングを2曲(1stミニ・アルバム『落陽』では2曲、2ndミニ・アルバム『すいかずら』では3曲のカヴァー・ソングが選ばれていた)選曲しようというコンセプトがあった。そのうちの1曲は浜口庫之助作品の『みんな夢の中』で順当に決まっていたのだが、もう1曲の選曲に関しては本当に苦労した。村上とスタッフ(「村上選曲委員会」=村上と、私と、村上が所属する音楽プロダクション、オフィスオーガスタの最高顧問、音楽プロデューサーの森川欣信である)のイメージがどうしても近づかない。村上からのアイディアにスタッフがピンとこない。いつもは明確な判断と回答を持つ村上の「選曲アンテナ」が、どうしてもスタッフ間のアイディアに反応しない。2017年内中には『遠雷』収録曲の全てのスケッチとアレンジなどの方向性は決定しようと進めていた制作のプランであったが、この最後の1曲の選曲はギリギリ、12月21日か22日に決定した記憶がある。12月はそこまでほぼ毎日の様に楽曲の打ち合わせ(オリジナル楽曲のメロと歌詞の検証、アレンジ方向性など)が繰り返されていたのだが、最後の1曲、カヴァー曲だけがどうしても決まらず、故に本来全体構成を決めてからレコーディングを始めようとしていたアルバムの曲順も決定できる様な状況になかった。


年末の締め切りまでに、あと2回しか打ち合わせのタイミングが取れないという状況の時、村上から出た山崎ハコのカヴァーを私が納得できず、森川から出たアン真理子のカヴァーも私と村上がピンと来ず、そして私が苦悶の末に選んだ熊本の民謡子守唄のカヴァーも結果、村上は納得できなかったということになり、私はいっその事、もう1曲新曲を書いてみないか?と彼女に提案した。しかし、長きに渡る楽曲制作打合せで疲弊しきっていた彼女には、もう今回は改めて さらに新曲を書き始めるというモティベーションが見つけられないという、珍しく弱気な回答が。まぁ、今思うとそれも当然ではあったのだが(苦笑)。そのくらいあの時期の彼女は、楽曲完成に向けて精魂尽き果てるまで打ち込んでいたと思う。


その時、天啓の様に訪れたアイディアが、唯一無比の天才シンガー・ソング・ライター=長澤知之による『風鈴の音色』のカヴァーであった。実はこの楽曲、村上にとっては変則的な「セルフ・カヴァー」なのでもある。


村上が長澤作品をカヴァーするのは初めてではない。デビュー・ミニ・アルバムの『落陽』には、長澤のファンや信奉者達から永遠の名曲と称されている『風を待つカーテン』のカヴァーが収録されている。そして私は、おそらく長澤はそのカヴァー曲の村上の解釈をとても理解し、気に入ってくれたのだと信じている。なぜなら長澤よりある日、信じられないオファーが村上に来ることとなったからである。
2016年にデビュー10周年を迎えた長澤の2年ぶりとなる6枚目のミニ・アルバム『GIFT』の中の1曲、まさにこの『風鈴の音色』で、村上にリード・シンガーとして歌ってほしいという依頼があったのだ。比類なき才能を持ったシンガー・ソング・ライターである長澤の作品で、村上が丸々歌う!?長澤が全く歌わずに、村上が全て!?腰が抜けるほどに驚いた。当然に村上も、信じられないといった心境であったと思う。
それに対する長澤の意図と解釈は、当時、長澤が『BARKS』の記事にて答えたインタビューの抜粋で明らかになると思うので、ここで紹介させていただきたい。


「子供の頃、家族旅行で沖縄に行った時にひめゆりの塔を見たんですよ。そこにはきれいな青空と海というとても豊かな自然があって、かつて戦地になったことが信じられないくらい優しい世界が広がっていて……。小学生の時、ひめゆりの塔を題材にした映画を見たことがあったから、よけいにそう思ったのかもしれない。日本の戦争時代を生きてきた人達が、それは特攻隊もそうですけど、自分の思いとは別に戦争に巻き込まれていったという状況に置かれながら故郷の母親を思った気持ちを想像して、それを弔うと言ったらおこがましいかもしれないけど、そういう曲を書きたかったんですよ。そういう曲だから、僕が気張って歌うよりも、小学生が校歌を歌うように無垢な気持ちで村上さんに歌ってほしいと思いました。彼女の持ち味はいろいろあるんですけど、それよりも今回は彼女の声質がほしかったから、ヴィブラートは極力抑えてもらって、聖歌隊の子供たちが讃美歌を楽しそうに歌っているように歌ってほしいという話をして、そういうふうに歌ってもらったんです。」


今作における、この楽曲の逆(?)セルフ・カヴァーのアイディアは、村上にとってもスタッフにとっても「灯台下暗し」の典型であった。なんで気付けなかったんだろう!?っていう。そして、我々が瞬時に閃いた『遠雷』に続いての曲順M—2設定も、上記の長澤コメントからの意図を汲んでいただければ、まさしく正しい決断であったんだろうと思える。


最後に余談ではあるが、葛藤の末に選ばれたこの楽曲、実はアレンジ面においては、さらに大いなるチャレンジに立ち向かうこととなる。ここはどちらかというとプロデューサーの思い入れ過多で、村上はその意図を納得して受け入れてくれた、という感じであったが。。。。


前記の長澤のインタビューから推測し、この楽曲における〈ある解釈へのトライ〉を読み取ってもらえれば嬉しいのだが、村上のカヴァーに関しては、「異界交信」をテーマとしてアレンジして、完成させたかった。もちろん長澤本人にも、村上と一緒に相談した上で、である。「過去」と「現在」、「此方」と「彼方」、「此処」と「彼処」、距離と時間を超えて交信する「異界交信」。だから彼女の作品としては、敢えて初の空想的なエレクトロニカな音像を構築した。佐藤洋介と演出したグリッチ・ノイズも村上作品としては異色である。


ただ、この楽曲において中心で響いているのは、間違いなく村上の圧倒的なピュアネスによる歌声とピアノなのは解っていただけると思う。それあっての演出であるのだ、楽曲テーマに想いを馳せての。
この楽曲の村上ヴァージョンの新しい解釈も、村上の熱心なリスナー、そして長澤のファンの方々にも受け入れられることを願って止まない。




3.夜明けの十字架(ロザリオ)

この曲の誕生、そして制作秘話にも、実にユニークなものがある。


前記した通り、この楽曲の制作のテーマは新しい〈村上の歌謡曲〉を創成することであった。前作ミニ・アルバム収録の『忍冬(すいかずら)』を踏襲できる、歌謡曲作家/シンガーとしての村上紗由里の路線の徹底追及。そんな楽曲を今作でも収録しようというアイディアはアルバム制作のごく初期からあったのだが、さて「村上の歌謡曲」の本質的な魅力とは、一体なんだろう?


楽曲『忍冬(すいかずら)』は昭和の高度成長期を謳歌する応援歌のような趣を持った佳曲である。1stミニ・アルバム『落陽』に収録された『極夜』は昭和後期、バブル経済黎明期にあったキュートな女のコ達による〈やさぐれ歌謡曲〉の復刻のテイスト満載の楽曲である。いずれも村上の天性のメロディ感覚で描かれた、現在の音楽シーンにとってはかなりの異色作なのだが、不思議なことに両曲ともに強烈なメロディに引っ張られて、敢えてこの時代の空気感の中でも成立してしまう名曲であると感じている。2018年の現在でも、時代への奇妙な親和性を持った楽曲なのだ。そういう意味では、近年の「昭和歌謡再評価」のムーヴメントの「楽曲成立手法論」としては、村上の作品はど真ん中を行っているのではないか!?との分析もできる。誰もができることではないメロディや世界観の創成。村上の才能の特異性である。
で、懸案の疑問に戻り、そうした2曲も踏まえての「村上の歌謡曲」の再検証。これはおそらく彼女が今までの人生の中で、心の中に無自覚に染み込ませてきた「家族の時代」が原点なのではないかと思っている。


両親と弟との仲睦まじい家族、勝手に想像するに、彼女がこじんまりとした団地の一部屋での生活を20歳を超えるまで過ごしてきたからこそ、信じられないクリエイティヴの奇跡が降りてきたのだと憶測してしまう。そこを通しての日々の価値観、空間、見てきた風景は、まさに昭和高度成長期で日本人が励ましあいながら、愛情を持って切磋琢磨し合いながら過ごしてきたそれに近しいものであったと疑わない。近年の、家庭の中で閉塞して、個室化して生活が成りたって行った「核家族」のマイナスの財産とは真逆の家族観。これが村上の人生の価値観を大きく左右し、特殊で素晴らしい「家族の愛のテーマ」を彼女の中に築き上げたのではないかと思っている。
そんな彼女の幼い頃からの日々で鳴っていた音楽を、私は知らない。ラジオから?テレビから?村上がよく口にする「そう言えばこの曲、どこで知ったんだろう?どこで聴いたんだろう?」っていう感覚にも似た、生活の中で頻繁に普通に流れていた音楽。歌謡曲、フォーク、ニュー・ミュージック、うん、ここにおいてもうジャンルはどうでも良い。もしかしたらお母さんの鼻歌こそが最も大事なメディアだったかもしれない。
すなわち「村上家の勝手にヒット・チャート」こそが「村上の歌謡曲」の本質なのではないかと思うのだ。


この楽曲制作に際しての村上の最初の提案は「山口百恵さんの『プレイバックPart 2』のような、ギターのリフや演奏のキメがカッコ良い歌謡曲を創ります!」というものであった。さてさて、宇崎竜童/阿木燿子コンビによる昭和の最高峰の歌謡曲作家の作品にどうやって挑むつもりなのか!?というのが最初の私の正直な戸惑いであった。


そして、時を置かずしてこの曲のデモが届けられた時に、すでに印象的だったのがサビの「もう来ない」リフレインであった。ともすれば時代錯誤でカッコ悪いメロディと楽曲構成を、村上はあっけらかんとして提案してくる。それを成立させてしまう歌唱力とアイディア。しかもリズムやグルーヴのパターンも指定付きである。即時に、これはあり!と直感した。


しかして印象的で、まさに最初の狙い通りの新しい「村上の歌謡曲」として完成形に臨むべきこの楽曲、その「個性」ゆえに、彼女とのアレンジのやりとりは相当難儀した。
鉱石ラヂヲの手練れのミュージシャン達とのレコーディングが決定した上で制作プランが構築されて行ったこの楽曲であるが、最初に村上と相談したのは、吉田拓郎の永遠の名曲、村上のそれと同名異曲の『落陽』のアレンジであった。とにかく参加していただいたギターリストの徳武弘文の色を濃く出すアレンジを考えたかったのだ。村上ともそんな話をしながらイントロやミドルの演奏アレンジを考えて行った。
しかし、どうしても楽曲全体のカラーが描けない。「〇〇な曲ね!」みたいなキャッチーな感想を導けるようなイメージが浮かばない。一方で村上は、どんどん楽曲の全体構成を作り上げて行く。例えば完成形の中にある「♪少し開けて見た〜」のメロの辺りのちょっとゴスペルっぽいアレンジも彼女から提案されてきていたのだけれど、肝心の楽曲構成とテイストだけが固まらない。
おそらく1月の頭に、鉱石ラヂヲのバンドのメンバーの皆様が多忙な中、全員集合して打合せにいらしていただいた(新年会をやりましょう!という言い訳でお越しいただいたのだ。。。。)前日まで、この楽曲のテイストに関して悩んでいたと思う。曲の歌詞もメロもイメージも完成させていた村上からは、最終的なアレンジの判断は任せてもらっていたと思う。
そして村上のデモの歌を聴きながら、彼女がスウィングしながら歌っている様を思い描きながら出てきたコンセプト、徳武弘文のプレイの個性と一致するイメージが「今陽子(ピンキーとキラーズと言ったほうが良いかも)がベンチャーズをバックに歌っている歌謡曲」というものであった。ラフにこの曲を歌っていたデモ段階での村上の姿が唐突にこのアレンジを呼んだのだ。
そして翌日の村上とバンドの皆様とのリハ前打合せの時に、このアレンジの提案をしたところ、村上は好奇心満々の反応、バンドからは即OK回答の好感触をいただき、今回のアレンジへの船出が切れたのだ。レコーディング当日では徳武弘文がベンチャーズ・モデルのモズライト、そしてお約束の♪テケテケをプレイするために秘蔵のエフェクター=Fuzzriteまでをも持ち込んでくれたのには小躍りしてしまった。「なんですか、これ!?」と興味津々で機材を眺める村上。


「村上の歌謡曲」のお約束?となるのかっていうゾクゾク(笑)の台詞の引用は、本当に最後まで彼女と協議をした上で導入した演出だ。やはり女優体質に長けている彼女ならではのテイクが得られたと思っている。ナイス・パフォーマンスの台詞にもかかわらず、半分照れながら、首をひねりながらレコーディング・ブースから出てきた彼女の表情を忘れられない(笑)。




4.みんな夢の中

浜口庫之助は、私個人的には全世界レベルの中で検証しても、最も大好きな作家(歌謡曲のフィールドにおいて、作詞と作曲、両方手がける最高峰の才能だ。その後の日本では桑田佳祐しかその道を歩んでいないと思っている)の一人である。もちろん、レコーディングに臨む前の村上は、浜口(以下、ハマクラ)作品には何曲にも接していてはいたが(『バラが咲いた』、あ!知ってます!、『涙くんさよなら』、あ!大好きです!みたいな)、それが偉大な作家=浜口庫之助の歴史に向かい合うという決意には到達していなかった。

前作『すいかずら』に収録した、『悲しくてやりきれない』の作詞作曲コンビサトウハチロー/加藤和彦からなる幻の(当時はレコーディングされず、加藤和彦のコンサートで数回歌われたのみだったという)楽曲『泣いて泣いて』を、村上が所属事務所の当時・社長(現在は最高顧問である「村上選曲委員会」の尊敬すべきパートナーの森川欣信だ)からの強烈なラヴ・コールと、彼女の「100%腑に落ちた感」との一致によりカヴァーすることとなり、結果的にそのカヴァーは21世紀の現在、ちょっと信じられないくらいのノスタルジックで美しい作品として成就したのであるが、その楽曲を聴いた、村上の路上ライブ時代より彼女を支援していくれていた関係者のアイディアから、村上×浜口庫之助作品というアイディアが浮上した。すなわち、村上紗由里にハマクラ作品をカヴァーしてもらえないだろうか?という名誉ある提案である。
このプランに、私はもう村上に相談する前から有頂天になってしまった(笑)。尊敬するハマクラ作品を村上が??公式なオファーで歌わせてもらえる??


早速、村上にハマクラ作品のオムニバスを聴いてもらうことにする。もちろん浜口庫之助の名曲の何曲もを、当然ながら村上は既知のものではあったが、何せそれが「ハマクラ作品」としての自覚が彼女にはなかった。世代的にはしょうがないことだ。なので、まずは代表曲を聴いてもらうところから始まったというのが、このプロジェクトである。
そして、村上が最初にこれを歌いたい!と嬉々として提案してきたのが、青江三奈の『恍惚のブルース』であった。。。。「♪あとはおぼろ〜」である(笑)。。。。
村上の楽曲嗜好性は、未だもって私も全く読めない。彼女のカラオケの選曲を一回だけ聴いたことがあるが、J-POPも含めて様々な時代を俯瞰する名曲群の選曲の中で、北原ミレイの『石狩挽歌』があったのに仰天した記憶がある。何か、彼女の中にそっち方向のテイストを嗜好する強烈な原体験があるのかもしれない。「村上家の勝手にヒットチャート」かも。いっそ、青山ミチの『叱らないで』とかも聴かせてみたいものだ。村上がもし「♪叱らないで〜、マリア様〜」と歌った時のことを考えると、ちょっとワクワク、ドキドキ、ハラハラ、ゾクゾク、であったりもする。


閑話休題。
で、今回のハマクラ・プランで村上に望まれている選曲はそれではないだろうという話をしながら、次に私が提案したたのが和田弘とマヒナスターズの『愛して愛して愛しちゃったのよ』であった。楽曲中の歌詞、「生きているのが辛くなるよな長い夜〜〜」を村上の声で歌い上げたら、壮絶な〈愛の哀しみ〉が創出できるのでは??と勝手に盛り上がってしまったのだ。
でも結果、村上はこの『みんな夢の中』を選んだ。メロディも歌詞も、そして楽曲のテーマも一番しっくりきて、まっすぐに歌えると思いました、と。
そして、結果に乗っかるようで、プロデューサーとしては恥ずかしいのであるが、この村上の『みんな夢の中』は、もちろん手練れのバンドの最高の演奏とアイディアも相成ってのことだが、高田恭子のオリジナル以来、すべてのカヴァー・ヴァージョン、そしてオリジナルすらも凌駕するかもしれない、最高のカヴァー・ソングとして完成されたと信じている。圧倒的な歌唱力と、楽曲に向けた真摯な解釈。初めてこの曲のプリプロを兼ねたリハーサルをバンドのメンバーと行った時に、村上のマイクの近くのホワイトボードに書かれていた「諦念」の二文字。そう、この曲の本質を村上はそう捉えていたのだ。
村上、正解だと思う。


最後にまたしても余談ではあるが、とっても重要なエピソードを!
以下に故・浜口庫之助のご夫人である渚まゆみさん=浜口真弓さんから、このカヴァー・ソングに寄せて素晴らしいコメントをいただいたので、全文を添えさせていただきます。文中で触れていただいている楽曲『落陽』は、村上の1st ミニ.アルバム『落陽』の表題曲で、この原稿のM—1『遠雷』の項でも触れさせていただいていたものです。村上もスタッフも感動しきりです。。。。


村上紗由里さま
有難うございます!「みんな夢の中」歌って下さって感激です。紗由里さん  の暖かいお声に、何故か主人の嬉しそうな顔が重なり、何度 聞いても、胸が一杯になってしまって、、。
また「落陽」を聞いては、若かりし頃を思い出し、気分が明るくなります。この刺激は全てのお年寄りにも必要ですね。感謝です!
紗由里さんの 益々のご活躍を楽しみにしております!
楽しみが増えました!
有難うございました。
浜口庫之助   妻 真弓




5.迷走

この原稿の最初に書いた通り、この曲は村上の活動のメインが路上ライブ時代であった時の人気曲であった『漆黒』という楽曲を進化させたものである。
カラスの羽の色の漆黒を投影した歌詞と楽曲であった。

ちなみに、『漆黒』というタイトル、私はとても魅力的で好きだった。
敢えてここで触れておくが、村上は作品につける楽曲タイトルのセンスが抜群である。歌詞の内容、歌詞に散りばめられた言葉と、タイトルに距離をおきたいのだという彼女のこだわりは、シンガー・ソング・ライターの在り樣として世界基準で正しい。そういう発想やこだわりに費やされる「無駄な時間」がどれだけあるかで、そのミュージシャンの奥行きが創生される気がするものだ。いやいや、既に『漆黒』というタイトルは過去のものとなってしまっているのだが。。。。


もともとあったその『漆黒』という楽曲。この楽曲には決定的にAメロからサビに至る前のBメロの存在、そして楽曲全体に大きな「揺さぶり」を与える、サビのメロの起伏がもう一つ欠けていたと思っていた。
そこで、今作においても前作『すいかずら』収録の楽曲『はぁべすと』のメロディ補作のパートナーとしてサポートをいただいた作曲家の田鹿ゆういちに登場を願ったわけなのだ。


『はあべすと』の補作を田鹿にお願いした時の、村上と彼のサクサクと楽曲制作作業が進んでいって、事後報告(笑)的に田鹿から連絡が来る、こんなのになりました、なってます的な「仕事人を介在させる」ことで得られる楽曲完成の先っていう感覚がすごくおもしろかった。「プロ」との仕事の、クールな切磋琢磨っていう感覚か。村上のメロの感性との相性も良かったのだと思う。 なので、この元・『漆黒』のメロ再構築のパートナーとしては間違いなく、田鹿が必要だった。もとより村上も、そこには疑問の余地ゼロ。彼に対する信頼感に揺らぎがなかったので、ここはもう一回、私も含めて、田鹿、村上と最初にミーティングを行い、田鹿にまずベーシックな提案(Bメロが欲しい、サビにも、もう少しメロの色気が欲しい!ってメッセージは添えながら)をして、最初の一歩が始められ、村上のアイディアが加味されて、足りなさは補われて行き、楽曲は完成していった。


結果、とっても華やかでポップな楽曲の基盤が完成した。田鹿の素晴らしさは、とにかく村上の個性ありきでメロを想像してくれるところ。単純に良いメロディを創成するだけの作家は数多いるのだが、村上紗由里というシンガー・ソング・ライター(あくまで「シンガー」ではなく!)が歌うとしたら、という世界観までをもイメージしてくれるところに、彼に絶対的な信頼を寄せている。


歌詞に関しては、もともとあった『漆黒』における村上のユーモラスでとぼけた絶望感(笑)の味わいを失わないよう、それでいて言葉遊びや言葉のリズムなどに重きを置いて、村上に書き進めてもらった。最後に置いた救いの光の差すような。「お腹が空いてきた」っていう歌詞は生きる希望として屹立する。村上らしい、可愛らしくも決然とした表現を得られたと思う。


アレンジは、これはもうバンド冥利に尽きるであろう。
華やかで軽快なスティール・ギター、そして風花に満たされた青空のようなアコースティック・ギターのスリー・フィンガーの調べ、グルーヴを司るフリー・フォームなベース・ライン、想定された空間を戯れながら突き抜けるようなドラムのショット、70年代にムーヴメントを興した「ニュー・ミュージック」の本質、優れたシンガー・ソング・ライターを、最高の職人ミュージシャン達がバック・アップするという構図がまさしくここに再現できたと確信している。カントリー・ポップの局面から見ても佳曲と判断いただけるような、ボーダーレスなパフォーマンスである。
そう、村上紗由里が復興させたのは、実は「ニュー・ミュージック」の時代にあった、その音楽の奇跡でもあったのだ。


余談ではあるが、村上も大賛成で楽しんでいたラジオ・ヴォイスで演出した大サビに至る瞬間までのリフのフレーズ、お気付きの方がいれば嬉しい、プロデューサー・サイドの自己満足。もちろんバンドの皆様も世代的(笑)に大喜び!ロック・シーンというか世界レベルで最高のトリオ=RUSHの『The Spirit Of Radio』のフレーズへのオマージュです。ラジオ・ヴォイスに行くんならって、ベタな発想で遊ばせていただきました。。。。
今作『遠雷』、全体のアレンジをイメージするにおいて、実は信じられないくらい70〜90年代のUK/USロックの要素があったりする。村上紗由里の楽曲に何故!?と思うなかれ。ここは本人の書いた楽曲の世界観を最高に盛り上げるために、プロデューサーとバンドの皆様で演出したものですので、どうぞ本人に厳しいツッコミなどをされませぬよう、予めお願いをしておきます。。。。




6.えにし

作品『遠雷』の最後を飾る楽曲は、これぞ村上紗由里にしか表現し得ないと思わせるバラッドである。
合唱部が歌えるような壮大な曲を創れないだろうか?という、あまり時間のない中でのリクエストに、村上は「そういうのは意外に得意です(笑)」と言いながら、確か中二日ほどでこの曲のメロディーを届けてくれた。そして、仮タイトルで『(仮)安倍マリア』(爆笑!)と題されていたその楽曲、その時の最初のメロディは、その後に歌詞を検証したり、アレンジを決めたりの制作進行の中でも、ついに変わることはなかった。


当初、この楽曲のデモが村上から送られてきた時、歌詞は付いておらず全てのメロは「♪アーアーアー」で歌われていた。それを聴いた時の衝撃は今でも忘れられない。天翔けるようなメロディの美しさと、清冽なまでの歌声。
前述にもしたが、バンド・サウンドや弾き語りに向いた楽曲を書けるシンガー・ソング・ライターは数多あると思うが、この『えにし』のような楽曲へのアプローチまでをも取れるミュージシャンは本当に数少ないと思う。飛び上がるようにして、そのデモを村上の所属する音楽プロダクションの最高顧問=森川のところに聴かせに行ったのを思い出す。その時の森川の感想もユニークであった。「俺はこれに歌詞を付けない方が良いと思うぜ。さだまさしのさ、ほらドラマの『北の国から』のあの曲みたいにさ、歌詞がなくっても成立する曲ってあるじゃん?」。
一瞬、それもありかも?と感じながらも、やはりこの最高に荘厳なメロディーにはどうしても歌詞を着けて村上に歌って欲しかった。もちろん、この楽曲がアルバムの最後を飾るポジションに置かれることは、村上にも想定済みのことで、歌詞のイメージを追求し始めることとなった。


デモを聴いてから、最初に私が村上に提案した歌詞のイメージは、かなりスタンダードなシャンソン寄り(笑)というべきか、「運命の恋」に翻弄され殉教する大人の女性なイメージ?エディット・ピアフ、ここ日本では近年ではクミコが取り上げて歌うような大人っぽい歌詞の世界観を考えていた。しかし、村上から提案のあったオリジナルの歌詞は「海」、「川」、「空」といったおおらかな大自然の要素による例えで優しく覆われた、暖かな愛に溢れた讃美歌であった。そして、そこをベースに、私も揺らぐことなくこの『えにし』の素晴らしい歌詞の世界観を編んでいくことに賛成した。


村上紗由里は、こちらが焦ったくなるくらいにウソの書けないシンガー・ソング・ライターである。それゆえに、村上から最初に届けられる楽曲に対する歌詞のイメージはとっても大切なものだ。彼女がその楽曲にどんな「願い」や「祈り」を込めているかという部分でのファースト・インプレッション、本質が晒されているからだ。「彼女そのもの」がそこにあるからだ。


その後、『(仮)讃美歌』、『(仮)聖歌』などとタイトルされながら制作が進められていったこの楽曲、レコーディングの直前に正式に『えにし』と名付けられた。「これしかありえません」と、村上の決然としたメッセージ付きで。
「縁」を大切に信じたいという彼女のメッセージである。


アレンジ面においては、村上紗由里の新境地というか、プロデューサーの私でもイメージし得てなかった地平線を彼女が先に見極めていたということがあった。
荘厳なオルガンのイントロから導かれるピアノの五月雨のような繊細なメロディ、間違いなく村上の意図は最初からそこで完成されていたのだ。
「オルガンからピアノに何かを渡していくという感じです」、村上はそのイメージで歌詞を書いていったし、歌も歌っていた。
イントロのオルガンは、当初私はシニード・オコナー(プリンスのプロデュース作品における)のような、唐突に空間を切り裂くような、教会で参列者が一斉にハッ!とするような違和感が欲しいとイメージしていたが、村上のそれはあくまでも王道の「唱歌」のものであった。優しさとおおらかさと、懐の深さ?そして、こうした楽曲のアレンジの局面においては、いつも村上のイメージする真っすぐな「清らかさ」が正解だったりする。私の考える「戦略」は彼女のピュアネスの前では、何の抵抗力も持てないのだ(苦笑)。


せめてもの、と言ったら村上にもこの作品にも失礼になるのだが、私のアレンジへの想いとしては「愛とは綺麗なことだけではない」という「傷」を少しだけ楽曲に遺したかったことだろうか。
結果、コーラスのアレンジは王道のものには寄せたくなかった。クイーンはもちろん、タートルズ(T-Rexにおけるフロ&エディだ)、スパークス、10cc、そうした裏ポップ職人(クイーンは違うか)達のちょっとした「狂気」の感じられる要素を少しだけ散りばめたかった。
驚いたのは、よく聴き込んでいただくとかなりマニアックなメロをたどるコーラスを村上が完璧に歌いこなし、表現し、完成させていることだ。学生時代に合唱部として努力してきた村上紗由里のストーリーは感動的であったり、抱腹絶倒であったり、大好きなエピソード満載であるのだが、このコーラスを完璧に完成し得たのは間違いなく彼女のキャリアの中にあるその「合唱部時代」の素養であろう。ここも特筆しておきたいのだが、現在の音楽シーンの数多の女性シンガー・ソング・ライターにとっても、この表現力と技術力はなかなか再現できないものだと思う。
彼女の中にある「音楽の神」へ向かい合う姿勢、その全てが表現された完璧なアプローチになったと、結果的には彼女の歌唱の演出力も含めた才能全てに感服している。


楽曲の中で表現された「縁(えにし)」と、歌われる対象である「あなた」は、おそらくこれからも音楽家として活動していく村上にとっての「自身」と「リスナー」の関係論にもなっていくのだろう。


ピアノの余韻が永遠に鳴り止まぬように、村上紗由里は情景の残像を残しながら、新しいステージに向かって早くも歩み始めていることを信じて疑わない。
28歳、遅咲き(笑)に意味のあった、素晴らしい成長を遂げていくミュージシャンである。


(取材/構成・某野悦二)